読後感:ストロベリーナイト 誉田 哲也

都内の公園にあるため池近くの植え込みで、ビニールシートに包まれた男性の他殺体が発見された。警視庁捜査一課の警部補・姫川玲子は調査と持ち前の勘で、これが単独の事件ではなく、他にも被害者がいて、ため池にもっと遺棄されていると推理する。そして、ため池からは推理通りに別の遺体が発見された。捜査を続ける中で、それを証明するように管轄をまたぎ、11件の殺人が起こっていた。
被害者達が共通して急に積極的な性格になったこと、毎月第二日曜に秘密の行動をとっていたことが明らかになる。そこで浮上した謎の言葉「ストロベリーナイト」。
「ストロベリーナイト」はショーの名前―――インターネットで参加者を集め、参加者の中からひとり犠牲者を決めるとその犠牲者を他の参加者の前で惨殺して楽しんでいた。
被害者はさらに増えていく。そして、玲子の行きすぎた捜査の結果、大塚が「ストロベリーナイト」の犯人により殺害されてしまう。
玲子は部下と大塚の捜査の痕跡を追っていた。
その過程である人間の異動先と死体の遺棄先が合致していることに気付く。
カマをかけた玲子に犯人は態度を豹変。玲子は拉致されてしまう。
しかし、テレビドラマの時も感じたけれど、犯人ではないかと疑った人間にカマをかけるときあまりに無防備すぎてテレビドラマの作りが悪いと思ったが、この本を読んで原作どおりだったので驚いた、それは、こんなに凝ったストーリー、実際にはこんな犯罪は無いと思いますが、なのにこの終わりかたは何なんだとの思いです。「上だけを見続けるのに疲れたので、下を支配する必要があるのだ」「僕は下で生き続けてきた。下に居る他の人間が僕と同じか確かめる為に殺したんだ……」この考えの違いが最後に出てきて主人公が助かる、なんだか私には理解できません。しかし、ふと思ったのは犯人のエリートとしての人生に対しての疑問、思い上がりなど、デスノートの犯人を思い出してしまいました。
それから、このシリーズで時々触れられる主人公の過去が、この本では17歳の夏の出来事、姫川玲子の過去のトラウマが書かれている

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