宇津保物語

宇津保物語

私がこの物語を読もうと思ったきっかけは、源氏物語の中でのこと
紫の上が源氏のいない長い夜を、女房達と物語を読んで過ごした後、ふと「我が身とは随分違うものだ」と現状を儚むシーン 
確かに読んでみると、落窪物語もこの宇津保物語も、物語の最後はみな“ハッピーエンド”で終わっていました。
・・でも、この物語、本当に妻は幸せだったのか・・

この物語の現代語訳者、浦城次郎さんの“訳者のことば”によると、
『この物語では、15歳の少年少女の清くはかない恋、50歳を超える貴族未亡人の老いらくの恋、天下比類なき美姫貴宮をめぐる東宮、皇子、上達部、殿上人、高層、学者達の求婚譚(たん)、立太子に関する貴族内部の抗争など多彩な事件を通して、当時の宮廷や貴族の生活が詳しく記述されているのであるが、全編の基調をなすものは、音楽、特に琴に対する異常なまでの憧憬と賛美であって、遣唐使として派遣されながら台風のために波斯国(ペルシャ)に漂着し、そこで琴の秘技を修め、名琴を携えて帰国した俊蔭の一家四代にわたる伝奇的、運命的な物語が根幹をなしている』と書かれていた。
まさに、この文章に尽きる解説はないような物語でした
また、この物語は『源氏物語誕生』に多くの箇所で、影響を与えているらしい

始まりの章【俊蔭】では、至る所に仏教ファンタジーが織り込まれ、度肝を抜く
父、俊蔭亡き後の母子の苦労《この場面で、『宇津保=空洞』の意味を知るのだが》特に、幼いながらも母を賢明に守る息子“仲忠”の健気な姿にはたいへん感服する 

特にこの主人公“仲忠”は、
仏に愛された俊蔭の血筋を引く、まるで《真面目な光源氏》のように表現されている
顔良し、声良し、、姿良し、性格良し、全てに対する気配りの出来た人である。しかも人に抜きん出た才能あり、教養があり、達筆で、音楽、特に琴を弾くと仏や天女が降りてくる
褒め言葉を並べると、数ページになるくらいの孝行者、仲忠の輝かしい出世物語とも言える

そして、もう一人の主人公は、仲忠をはじめ、数え切れぬほどの男達を魅了した美姫“貴宮”をめぐる、凄まじいまでの求婚合戦とその後の人生 
気乗りせずとも帝の宣旨によって結婚した仲忠や涼の様な者、人生を儚んで妻子を捨ててまで山にこもってしまう者、僧になる者、命を落とす者、何時までも独身でいる者などなど、貴宮にかかわった者達の、それぞれのその後の人生の物語
そしてその本人の藤壷(貴宮)も、立太子に関する貴族内部の抗争に巻き込まれていくさまが、リアルタイムで表現されていて、源氏物語にはない新たな面白さが見られる 

これ以上の説明は読むに尽きるので、ここで話を戻して、先ほどの疑問
・・本当に仲忠の妻は幸せを掴んだのか・・を、週刊ネタのような三面記事を《おばちゃま論》で考えてみよう 

《貴宮を愛する心で、未だ未練が一杯の仲忠と結婚した女一ノ宮》
女一ノ宮は、特に帝に溺愛されている娘で、大変高貴な美しい皇女である
あの准太上天皇の身分であった光源氏でさえ、院の子である女三ノ宮に対しては、随分と気を使っていたようだったのに、それに比べると中納言の身分の仲忠が、所々で見せる“まだ、私は貴宮を心から慕っている”と言わんばかりの言動と態度には、呆れ、驚かされる 

例えば、妻への貴宮からの手紙を拝み倒してまで読んでは、胸を躍らせたり、見せたくないと手紙を隠す妻の懐へ手を入れてまで取り上げ、挙句、仲忠が勝手に貴宮に返事を書いたりする。
妻に、「藤壺の君(貴宮)がこちらに来たら、是非私にも会わせて下さいね」と、頼み込む。そして、妻に「間違いが起こって、評判になっても困る」とまで言われる
宮中から「家に帰れない」と言う夫の手紙の返事に「内裏にはお好きなお方がいて嬉しいでしょう」と妻に書かれ、言い訳はしたもの、東宮が読む藤壺の手紙が気になり、心を乱し、帝に読み聞かせている詩文を読み間違えたりする(本心は隠せないんですね)
女一ノ宮が藤壺に、仲忠がいつも「藤壺の君の御為ならばこの琴の手を残らずお教え申し上げるのだが。この世で我が琴の手をお弾きになれるのは藤壺の君だけだ。考えてもいなかった女と一緒になって、藤壺の君への志が変わったように思われるのが残念だ」と言うと伝える
「仲忠が、藤壺からの手紙を『藤壺の君のお手紙にまさる宝はない』と人には手を触れさせない様に、大事に御厨子の中にしまう」と、妻や藤壺や他の皇女たちの前で孫王の君に暴露される・・これは、言葉に出していい言葉か

これじゃ、三面記事どころか、○○の暴露本が出来そうである
これはもう、『無礼千万』
しかし、藤壺を慕う仲忠をみて女一ノ宮は「あなたは生一本でいらっしゃるのですね」とおっとりと言う。
一方、仲忠は、妻が琴を弾けば笑い、筆跡も藤壺を褒めちぎる 
こんな事を日常茶飯事言われたり、聞かされたり、行動に出されたのであれば、普通は手酷くしっぺ返しを食らうところだ 

女一ノ宮が、多少高飛車に見えたり、手紙の返事を書き渋ったとしても、攻められたものではない
大体この時代、財力のある実家を持つ高貴な女性達は皆、高飛車な態度を許されていたのではないだろうか

この帝の親心も流石だ
藤壺ばかりを愛する東宮に帝が仲忠の目の前で、「皇女である女四ノ宮を悲しませることは嵯峨院に気の毒だ」と、はっきり注意した。
これを聞いた仲忠は「これは、遠巻きに女一宮を妻にした自分と、嵯峨院の女三ノ宮を妻にもつ父、兼雅にも言いたいのだ」と気づき、即座に父に提言して、今まで全く音沙汰なく、捨て置かれていた女三ノ宮を父の自宅に向い入れた
これは帝が何時も「仲忠は、本当に女一ノ宮を愛しているのか」と言う親心からくる疑問に、それとなく「不幸にするな」と言う目に見えない強力な圧力をかけたのだと私は、勝手に考えている

仲忠と母の尚侍が、愛娘“犬宮”に琴の秘技を伝授する場面ではどうだろう
一年以上、母を娘犬宮から強制的に引き裂く
翌年の春には侍女達は時々琴の音を聞いたりした
自分達3人は近くの河原に行って遊んだりし、父や梨壷の皇子や小君に会っているが、その場に母である女一ノ宮を招かない
七夕の日の内々の演奏にも、侍女達は招かれて天にも昇る心地の琴の音に酔いしれたが妻である女一ノ宮を招かない
「この日くらい妻を招待しなさいよ」と、この場面を読んだ読者は思うだろう
正月も会わせないとは、どうかと思う(仲忠自身、宮中や挨拶回りでひと月以上、琴の練習はしてなかったと思われる)
しかも、自分だけ妻に会いに来ると言う行動には、全く自分よがりで、しかも押し付けがましい態度にあいた口がふさがらなくなる(これじゃ、女一ノ宮の感情を逆なでしたも同然だ) 

この後編の場面にきての、藤壺の言動はどう言う事か
『逃した魚は、大きい』と言う事か
「女一ノ宮が仲忠の琴をすぐ傍で聞けるのが羨ましい」と嘆き、「私は、仲忠右大将の北の方になりたいと思っていた」とまで言っている
女一ノ宮が仲忠の琴を傍で聞けないと知ると、“何となく嬉しい気持ちになる”と言う

これは、悔しい、羨ましいと言う感情は分るが、幼い時からの友である女一ノ宮のこのような仲忠からの扱いを“何となく嬉しい気持ちになる”と書いた著者の意図が理解できない
ふつう、友なら「お気の毒に」と思うはずだ
うがった言い方をすれば、「愛されている私が聴けない琴を、妻だからと言って私より優位な待遇を受けるのは面白くない」と言う気持ちを表したかったのか
つまりは《嫉妬したけど安心した》と言うことか
しかし、藤壺のこの言葉を知ったら、仲忠は大喜びして踊りだすのではないだろうか

女一ノ宮が心から幸せかどうかは結局分からないが
犬宮の素晴らしい演奏を聞いて『立派に琴を弾いた娘犬宮の姿に感慨を新たにした』と書かれていたのだからやはり、最後は『めでたし、めでたし』という事になのでしょうか
こうしてみると、“幸せをどうみるか”と言う事で、人生もいろいろ変わるのかもしれませんね

どうでも言い事を、長々書いたが
この物語は、登場人物が多すてとても苦労した
しかし、それ以上に仰天したのは、当時の貴族社会の人付き合い
ウンザリするほどの、豪華な贈答の品々や、贅を尽くした饗宴や管弦の遊び
これじゃ、年貢をいくら納めてもザルに等しい
今の時代なら、「税金泥棒!!」と指を指される
しかし、そういう一部の貴族社会の営みによって世界中に後世に残る価値ある文化が生まれたことも事実なのでしょう 




この記事へのコメント

この記事へのトラックバック